企画とデータ

何か「企画」を考える時に、「データによる現状把握」は絶対に必要なものの一つです。

運良く、自分と「同じ性別・同じ年代・同じ収入」といった近い属性向けのサービスを作る場合には、自分自身の感覚を頼った企画でよいものができる可能性はありますが、実際のところは、そんなケースは非常に稀だったりします。
 
(多くの場合、ターゲットは自分とは全く異なるし、ターゲットが近い場合でも、勘は外れることが多かったりします。)
 
私自身が「20代女性向け」のサービスを企画する場合、言うまでもないことですが、自分自身の感覚は全く当てにできないと断言できます。では、自分が対象ではない層のサービスは「何を軸に企画を考えていくのか」といえば、実際のユーザーの声であったり、調査した様々なデータの分析結果だったりします。
 
データは「思い込みによる錯誤」を防ぐことができますし、「企画」がローンチされた後に、それにより「どれだけ改善したのか」を把握することで、企画の良し悪しを判断することができます。
 
「病院で血液検査等なしに、複雑な病気と判断することがない」ように、企画をおいても、データを確認していきます。医者が検査結果(様々な数値)から病気を判断し、治療後に検査結果で改善しているか、を判断するのと同じことですね。
 

データが現す「現在」と、企画が考える「未来」

「企画に慣れていない方」や「データ分析に慣れていない方」が企画をすると、「20代のユーザーが多いから、これは20代向けの商品である」とか、例えば「□□という形で使う人が多いから、□□をもっとアピールしよう。」とかいった形で、企画を進めることがあります。
 
このようなシーンは非常に良くみるのですが、この「20代のユーザーが多いから、これは20代向けの商品である」というコンテキストの「いったい何が問題なのか」を明確に言える人は少ないのではないかと思います。

(そんなたいした話ではないのですが)端的にいうならば、『「データがあらわす結果」(20代が多い)と「企画の方向性」(20代向けに作るべき)を、直接関連づけていること』が問題ということになります。
 
顧客に「20代が多い」とデータが現していても、実施している「プロモーション」や「広告コピーの訴求」が20代向けになっているだけで、その他世代の拡販余地を多く残しているかもしません。逆に、20代で受けている理由を調べたら、例えば価格が問題で、10代のほうが受ける可能性があるかもしれません。
 
あくまで、データが現しているものは「いま現状、20代のユーザーと□□として利用している人が多い」という事実をあらわしているだけで、商品の次の方向性を具体的に指し示すわけではありません。
 
データは「過去から現在」を現していますが、企画は「未来」をターゲットにしないといけません。 
 

企画とデータの主従関係

 

例えば「売上が悪い」という状況があったとします。その場合でも、「プロダクト側の各種データ」、「マーケティングの各種データ」、「時期・季節要因のデータ」等、様々なデータが存在するはずです。その中から、何のデータをピックするかで、大きく状況は変わってくるはずです。「季節要因」が主要因なのに、「マーケティング的な問題」と判断するかもしれません。
 
 
つまり「その中からどのデータを重要な指標とするのか」というデータ分析の開始のタイミングから、「仮説」や「企画」が必要となってくるわけです。
 
データを否定することはできませんし、してはいけません。ですが、データが現す背景を考察し、「現在利用してない30代ユーザーにもこうすれば利用されるのではないか。」という仮説は歓迎されるべきですし、そうあるべきだと思います。
 
データというのは、「企画を規定するもの」ではありません。企画や仮説の「確かめ算」として機能するべきもので、「答えそのもの」をあらわすものではありません。
 
仮説の論拠をサポートしたり、データの背景を想像することで「考える選択肢」を与えてくれる、企画を支援する存在です。
 
私たちは「データと企画」の主従関係は常に、意識的であるべきではないか、と思います。
 
 
 
 
 
 

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